リクとパパはこの橋の上でズボン脱がしの洗礼を受けました。
橋の下に降りる為の禊ぎですね。
橋の上から下を見下ろす、見下すという視点の変換を
この禊ぎにより行うのであります。
そうだ!裸になれば良い、虚飾の自分なんてどこかにやってしまえ。
人間は服を着出したから おかしくなった。
服装は記号である、いつからか人間は記号に支配され
記号で判断される様になってしまった。
それならば みんな裸にネクタイをすれば良い。
私は メタボリック対策で国がそろそろより具体的に
動きだす頃合いだと思っています。
裸になる→メタボだと恥ずかしい→通勤は裸にネクタイが
義務付けられる→必死で痩せる→メタボ解消。
おっと、口が滑ってしまった。こんな情報が漏れたなんて
しれたら株が荒れてしまう。勿論冗談ですけどね!
自分の出来なかった事を息子に期待する、というのは
実際に父親になった人には判る心境なのかもしれませんね。
しかし、自分の息子に正面から俺の背中を超えて行け!という
言葉を発する父親は少ないと思います。
しかし、心の中では自分の子供の成長を願い続けている。
自分を超えて行って欲しいと思っている。
息子にとってはプレッシャーなのかもしれません。
しかし 息子自身がそれを実行するかは自由です。
そうしなければ死ぬという訳でもありません。
勝手に自分の思考の沼地に足をとられてしまうことも
あるかもしれません。
父親の存在を大きな山だと思ってしまうこともあるかも
しれません。
前回の感想で 父親を山だと仮定させてもらいました。
父親は自身の山を登り更に大きな山に自身になって欲しいと願う、
息子はその山の高さに怯んで動けなくなってしまう。
焦らなくても良い、一歩一歩超えて行って欲しい。
その様に父親である私は思っております。
私の上に落ちてきて・・・親父さんのカミナリですね。
うるさい位で丁度良い。
さて、今回はニノがフューチャーされていた回でもありました。
ニノが携帯電話の出かたが分からなくワタワタする所が
何とも可愛らしいですね。
そしてリクを探し駆け出します、その姿がもう素晴らしく
ニノの中でリクの存在がとても大きなものだと分かる
良い描写であったと思います。
冒頭のニノとリクのやりとりには神話めいた感覚も覚え
ニヤニヤとしてしまいました。
何度も申し上げますが このアニメの冒頭シーンは大好きです。
今回の放送のテーマを非常に巧みに打ち出します。
雲という虚像に飲み込まれない様に、自分は木が一本も生えていない
逃げも隠れもしないそのままでいるよ。
そんな私を見てありのまま見て欲しい、心を震わせて欲しい
ということなのでしょうね。
村長は 何やら財界の大物みたいですね。
どうやら 橋の下の住民は個々のスペックは非常に高いみたいです。
誰にも出来ないことを 誰にも出来ないレベルで習得しています。
そして、その様に考えるとき、はて?ニノもそうなのか?と
思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。
しかし、その答えは既に皆さんの心の中にあるのではないでしょうか?
毎回楽しみにしているこのアニメですが 今回は特に感動しました。
父親との確執をここまで丁寧に描き続けてきたからこそのお話で
あった様な気がします。
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